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私の音楽について

     
   

 『私の音楽』は随分と主観の強い音楽だ。幼い頃からキリスト教の音楽や西洋音楽に接してきたけれど、音楽的には自分は晩学だ、と長い間信じてきた。しかし両親がなくなり、古い写真や幼い頃の作曲、音符の断片などに接する機会があった。父や母なりの方法論で随分と音楽的な教養を幼少から与えられていたのだなと感じる様になり、両親の私に対する慈しみに深く感謝している。
 私に限った事では無いと思うが、母というものは幼児にとって、自分の延長にあり、私の心と母の心は一つだと思えた。次第に自分の心や他人の心を発見し、成長していく。同様に幼い頃の『私の音楽』は、父や母の音楽の延長線上にあったようだ。それが、徐々に、同年代との共通の音楽を発見したり、作曲を委嘱されて、それらの相手に合う作品を書きわけられる様になった。現在では抽象性をもとめた、作品を創作しようと思う年齢となり、様々な状況が変化し『私の音楽』を見つめる機会がより多くなった。これは、作曲家としてやっと一人前になったところで、やはり晩学の作曲家だと思う。これから書いてゆかねばならない、書きたいと思っている曲が、山のごとく、私の前に積み重なっているのである。成長とともに、様々な『事象』、『詩』等から影響をうけて作曲する事から、全くの、抽象性を追い求めた作曲をめざす事は、ある時期、自己矛盾するようにも思えたが、『自己の主観に基づいた湧出する音楽』、『自己発揚』のもとに生まれてきた作品であれば、おおきな問題ではなく、矛盾しないと思える様になった。極論すれば作曲は『湧出』するもので、『酌む』に行くものでは無いという事。

   
   

 自己の音楽観の成長とともに、また自己の根本を探っていくと、次第に東洋への思い、思想に惹かれていく自分に気付いた。東洋の精神性、またはそれから発展した、哲学、文化、宗教を内面の支柱にした作品が多くなり、作品の題名にもそれらが現れてくる。どうやら『私の音楽』は、西洋と東洋の融合であったり、共創、離反のなかから育まれてきているようだ。西洋では『東洋』との言葉はないので、『アジア的』、または『Occident』に対する『Oriento』(オリエント;太陽の昇る地)とする、この『Oriento』の精神を伴った西洋音楽が書きたい。といつしか思う様になり、自分は『オリエント学派』等と、東洋の美意識などに次第に傾斜していった。ある時期から西洋音楽の技法を私なりに出来る限り修得しているけれど、私の場合、理論的な部分を突き詰めて作曲するのでは無く、Qualia(クオリア)な部分でどうやら創作心が芽生え、作曲しているようだ。理論、数では割り切れない感覚といったものが、私の作品におよぼす影響は強い。それは創作過程で、試行錯誤を繰り返すことも多く、理論的には判っていても、演奏者が、『やってみる』ことで、新たに触発される事象がある。大規模な管弦楽編成では、あまりそのように感じないが、室内楽や、独奏の作品では、演奏者が作者よりもそれぞれの楽器に秀でている事が多く、個別の楽曲に対して、作曲家よりも熟知し、判断が優れていることがある。

 そのような条件で、自作が演奏されると、新しい作曲の契機になったり、その作品を改作し、演奏家の思いを封じ込めようかと迷う事が有る。この試行錯誤の連続は版画の彫師と摺師の職人芸の関係に似ていて、私なりの作曲技法とも言えるが、経験則が多く、不特定多数の人にとっては『技法』といえないかもしれない。しかしこの『技法』は、職人の技をもって藝術を表現する大きな武器となる事は言う間でも無い。職人藝の全てが藝術となるとは限らないが、藝術家はかなりの確立で職人であると確信している。

   
   

 次に私は常に、演奏家から触発される作曲家で有りたいと思っている。良く言われる所ではあるが作曲の興味が『どのように』書くか、から『何を』書くかへ、そして『なぜ』書くかに移ってゆく。その時、私の場合、感銘や感動を求めるようになり、『共感』『共鳴』する『人』を求める。今回の演奏者は皆、拙作の良き理解者であります。

 人間は国や文化に違いがあっても本質はそう違わない。そう思うと、あまり困難な技法を作品に活かすことに腐心するよりも、古典に学び、旋律の『美』の力を信じて作曲する。その旋律が『美』に固執し、追求したいと感じている一人に私がいる。
 ある選ばれた旋律が、置かれる時期、時間、登場する場をマクロ的な視野によって構築された時、旋律こそが、『人』へのエモーションを掘り起こす最大の起爆剤になり得ると信じている。

   
     これら、過去20年以上に渡る、山本純ノ介の現代音楽作品の足跡を追経験して頂く意義は深いと思うし、『日本人の音楽とは何か』、『音楽は崇高な祈りである』との理念を追い求めてきた私なりの一つの在り方が本日の演奏会である。平成7年度の文化庁海外特別派遣によるベルリンでの研修は、当時の作家や演奏家との交流から新たな作品を生み出す大きな礎となった。
 西洋の音楽に深く傾倒する一方で、日本人としての現代音楽作品の在り方を常に模索し続けてきた『私の音楽』は、東洋的な精神性の持続による楽曲構造を伴って、具現化してきた。テーマ、モティーフ、セリー、コンセプトなどによる、古典から現代のアカデミックな手法や技法だけに捕らわれるのではなく、日本人が古代から持っているノスタルジック旋律の息吹を作品に封じ込めたいと作曲してきた。持続の新たな試みや、音響的な塊がどこまで音楽として成立するのかなど、少しずつしかし、着実に積み重ねてきたものがある。トナール、アトナールにこだわるのでは無く、全ての表現は美のために使い尽くされるべきだと信念が個々の楽曲を支えている。

 これらは、音楽による時間の凝縮への挑戦でもある。
   

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